人種差別撤廃の試みは繰り返し行われてきた。アメリカの南北戦争は奴隷解放戦争としての性格を帯びていた。多くの黒人奴隷に経済基盤を支えられ、奴隷解放に反対していた南部の各州が敗れると、事実上アメリカの奴隷制度は撤廃された。第二次世界大戦後の世界では、マーティン・ルーサー・キング・ジュニア牧師による公民権運動が多くのアメリカ市民に影響を残した。
遡って、第一次世界大戦の講和会議であるパリ講和会議では、日本が人種差別撤廃条項を提案している。イギリスとオーストラリアが強く反対する中、採決が行われ、結果11対5で賛成多数となった。しかし、議長のアメリカ大統領・ウィルソンが例外的に全会一致を求めた為、否決された。
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人間は理性的な動物でありながらも同時に、他の動物と同様に感情的な側面もある。「生理的に受け付けられない」といった、好きや嫌いの感情を、理性をもってセーブすることには限界もある。また、人が複数集まり、いわゆる「社会」を形成するためには、仲間同士の連帯感を高めるためには、時として仮想の敵が必要でもある。
1963年 国際連合が人種差別撤廃宣言。
1965年 国際連合が「あらゆる形態の人種差別の撤廃に関する国際条約」を採択。
1969年 条約が発効。