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戦国・安土桃山時代

戦国時代、室町幕府や多くの守護は国内統治権を失い、一部の守護や守護代、国人などから新たに台頭した戦国大名が多くの国を支配した。武家権力は決定的な勢力となるが、その一方で成り上がった戦国大名は朝廷から官位官職を受けて、権威や大義名分を得た。また大内氏の直奏による大宰大弐の獲得に始まる戦国大名の勢力拡大の実利目的の官職任免もされるようになった。例えば、毛利氏が蘭奢待の切屑を天皇から下賜されるだけで狂喜するなど、コンプレックスの中で京風の公家文化も武家に浸透し天皇崇拝が強まった。こうして武家の台頭の中で天皇の権威は新たな形で復興した。これらの戦国大名の中から強大化した織田信長が室町幕府を滅ぼし、強力な中央集権の基礎(織田政権)を築いた。信長の後を継いで天下を統一した豊臣秀吉は、公家である近衛前久の猶子として関白宣下を受け、政権(豊臣政権)を成立させた。秀吉は忠実な天皇の侍大将として信長より前の室町幕府武家政権としての成果と文書体系をも覆し天皇にひれ伏した。次の徳川家康は吾妻鏡を手本とし清和源氏を称し、征夷大将軍の位に就き、江戸幕府を開いた。
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江戸時代は264年間に渡って続き、幕府は朝廷を禁中並公家諸法度などにより統制した。地方政治は藩によって行われ、幕府と合わせて幕藩体制と呼ばれる。朱子学を盛んにし自らの権力安定と根拠をにする。しかしその一方で戦国期に復興した天皇の権威は、鎌倉幕府を模範とした独立型の幕府としたはずなのに、世の中の安定と共に大日本史の編纂を契機にして江戸幕府の朝廷からの委任論が大きくなる。また武家権力による天下統一のため農地を基礎とする農本主義を選択せざるを得ず商業の隆盛による前期資本主義的社会の成立に財政徴税などの基本体制が対応できず幕府各藩とも大商人からの借入が拡大し破綻していく。商人はわずかな街の共益金負担のみで無税であった。御用商人への御用金の納入や大名貸しの踏み倒しなどの軋轢はあったが武家権力が社会の変化に追いついていかない状態になる。やがて江戸時代末期になると幕府の財政的な傾きと共に尊皇思想が広まっていく。

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2009年11月26日 00:10に投稿されたエントリーのページです。

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